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希望の鐘

岩手県立高田高等学校
現在の校舎は、震災前にあった校舎(旧校舎)裏山の高台にあります。

 こんにちは。本日は、本校の旧校舎跡地にある「希望の鐘」を紹介します。かつての校舎(旧校舎)は東日本大震災津波で全壊したため、2015年に現在の校舎が旧校舎裏山の高台再建されました。

広田湾がきれいです。この坂道を下ると、旧校舎跡地です。


 旧校舎裏山の高台には、以前から野球のグラウンド(第2グラウンド)がありましたので、高台と旧校舎を結ぶ道があり、現在も残っています。それを下ると旧校舎跡地に着きます。陸前高田市の南には一面に広田湾が広がっており、現在の校舎がある高台はリアス海岸を一望することができる景色のいい場所です。右に見える半島が宮城県の唐桑半島、左に見えるのが広田半島です。


旧校舎跡地は、全面がグラウンド(第1グラウンド)になっています。

 道を下っていくと旧校舎跡地に着きます。現在はテニスコートグラウンドになっており、第1グラウンドといいます。
 第1グラウンドと現在の校舎との高低差は、40mほどあります。

希望の鐘

 希望の鐘です。同窓会員学校関係者らで構成される「『希望の丘』を整備する会」が整備を進め、「希望の丘」の上に、本校の紹介や整備の経緯などを記した銘板と共に設置されたものです。2017年に完成しました。
 柱の色は、本校のスクールカラーであるマリンブルーです。鐘は真鍮製のマリンベルです。マリンベルとは船舶に備えられている鐘で、船舶内での合図や時報、霧中衝突防止などの警鐘として打たれる鐘です。



希望の鐘の前に銘板があります。

銘板の文章が写真では読みにくいので下に記します。

平成二三年(二○一一年)三月一一日。
東日本大震災によって、東日本の各地で多くの人命が犠牲となり、美しいふるさとの風景や思い出の場所等、大切なものをたくさん失った。
本校においても、共に学んだ級友と職員の尊い命が犠牲となり、この地にあった学舎も津波によって全壊した。
東日本大震災を語り継ぎ、防災意識を喚起するとともに、この地に本校の校舎があったことを記憶に留めるため、ここを「希望の丘」と名付け、「希望の鐘」を設置する。

希望の鐘と、下から見た現在の校舎につながる坂道。
第1グラウンドの様子。希望の鐘の背後にある高台に現在の校舎があります。(令和4年度体育祭)

希望の鐘の前にある第1グラウンドでは、今日もソフトボール部が練習をしていました。






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